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2015年1月10日土曜日

酔賢


東京の夜景を最終便の福岡へのフライトから見た。

綺麗だなあ。

大きな街東京を空から見ると
当たり前に小さく見える

日本をなぞるように
アメリカ、カナダ、キューバを歩いた
旅から
日本に帰って来て
東京に住んで
もうすぐ一年経つ

それからも沢山の場所に行って
色んな人に会って
沢山の経験を出来た去年一年は
2秒くらいに感じた
ふと今日考えた


そんな色んな事の中で
辛かった事は小さく見えて
楽しかった事はネオンのように綺麗に見えた

得たものは建物の数ほどあって
すべきこと町の数ほどある

生き方は張り巡っている道のようにたくさんあって
見たい風景や目に映る景色はめまいするほどのもの

人のせいにしてないか
勉強を怠ってないか
余力を残していないか
後悔のない人生を、と口だけになってないか


忙しく暮らし
矛盾に苛立ち

ふとそんな時にこの夜景を見て
立ち止まれた気がして
昔を振り返れた


楽しく生きるも
人のせいにせず
怠らず
後悔しない


恵まれていたものに気付き、
昔にも今にも感謝し、
自分を、
友達を、
粗末にしないように生きる


また行き詰まったら
飛行機に乗って東京の夜景を見よう。

とりあえず皆にありがとうございます。

少し遅いけど2015年のスタートです。




色のある街を見た


その町の店を見た


教会を見上げた。


街を歩いて、


犬を見て、


どの街でも子どもに励まされる。


空は青くて、


行き先なく歩く、


古い車はどの年代なのかあまり詳しくない。





食文化の違いに驚き、


行き先を探す。


住む鳥も違う。


人はどこにでも生活をしている。


花嫁に和み、


また。



旅をして何か人生観変わるか?という問いに最近友達が特に変わらないよ、
と答えていました。



2015年1月3日土曜日

怒りのキューバ


64年、キューバ危機直後にソ連と共作で撮影された「怒りのキューバ」。

スコセッシとコッポラもその後にこの映画に衝撃を受けて、二人の尽力もあり異例にアメリカでも公開された。

そして日本でも。69年に。

ここに映っているキューバは当時の華やかさ、栄華、情熱に満ち溢れたノスタルジー。




僕の見たキューバは、先日やっと解除された50年閉ざされた経済制裁の解除前の二年前。

空の色は変わらず、街の色は、あの時とは違い、土っぽくくすんでいる。












 



人それぞれの視点
この街の風景

怒りのキューバは、原題「私はキューバ」を映画化されたものでそこに映る華やかさとは僕が見たものは違う。




キューバにも格差があり、
スパニッシュ系の人達は黒人達は調子が良いから近寄っちゃだめだよ、なんて声が聞かせてくれる。

人種差別のないこの国にも昔から少しずつ溜めてるものがあるらしい。

ダミアンの住む地域では、そんなに見られなかったが上のグラフティが描かれていた新市街の外れは黒人達しかいないハバナのゲトーのようだった。


サンテリアに興味ある僕にダミアンは
サンテリアやアフロキューバンの土着宗教の神様や意味などを教えてくれた。

キューバでの宗教歴史は、滅びてしまったキューバ土着文化ではなく、
奴隷としてこの土地に生きる事を定められた黒人達の祖国の大地アフリカンだった。

ジャマイカにはとても思いを寄せていて、ただのカリブ海に位置する国というだけでなく宗教や文化含めて感じる思いがあるらしい。


部屋の隅に四方に置かれた人形の模した神達。