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kller

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2014年10月21日火曜日

ビール一杯


旧市街の方まで行きたい

引き続きダミアンはまだハバナの道に慣れない僕を案内してくれる


ビエハ地区の方はここがハバナ、といった雰囲気。コロニアル調のスペイン植民時代の誇大な建築がいい。

キューバに来た。そんな感じにさせてくれる。
今は本当遠いところに行った感じがしてたまらないけど、あの頃はワクワクでそんな事は全く感じなかった。

目の前に見えたのはビール工房。
キューバではcelvezaと呼ぶ。

この気温だそして旅、飲んでばっかだ。


ずっと僕のアテンドに付き合ってくれる拙い英語の二人のコミュニケーション、
キューバ混じりの英語に少ない単語とヒアリングの弱い自分。

ここで僕は一杯ダミアンにご馳走をした。



黙々とビールを飲んだ。


キューバは日が長い。


パンコンビスク

ダミアンが今度はご馳走してくれた



味は想像に任せます


飽きる事ない道


ただ眺める何かを考えてるようで何も答えが出ない思考


ダミアンは街の友達友達に挨拶しながら紹介してくれる

ベランダから渡しものを紐で渡す図

手すりがいい


その後はダミアンの家の隣の家へ。
ここはスパニッシュ。
子供がやたら可愛かった。
とても良くしてくれた優しい家だった。


さっき道で買ったアボガドをさっと切って塩で出してくれた。


そしてロンも


テレビはもちろんアナログ
中国製のDvdプレーヤーでmp3音源でフラッシュで音を聴くスタイル。



タイルが可愛い


ダミアン奥さんと子供が帰って来た

ダミアンは着替えると
新市街の外れに行きたいという僕の声に応えてくれて案内について来てくれると言った


旧市街を声て離れて行くと貧しく感じる。


何もない道を進む


きっと何かがある


途中配給場でダミアンは友達と立ち話

何度も言うけどキューバは共産国

生活必需品は支給。

趣向品は、自分の金で買う。

立ち話が終わった友達から味のないパンをひとかけら貰ってそれを食いながらまた道を歩いた

ダミアンは遠慮して貰わなかった

美味しくないのはダミアンも分かってるみたいだった


住居がなくなり開けた土地になり
やっとついた


ここは革命の場所


この革命広場でカストロとゲバラは集まりました

カミロの壁画が飾られている
郵便局、ゲバラは内閣省

日本に比べればとても質素、周りは空が見渡せる何もなさ

アスタラビスタシエンブレ
「勝利に向かって、常に」
ゲバラの革命には勝たなくては全く意味がない

強い彼の念は今も壁に残っている






もうすっかりいい時間


久しぶりにフリーズしてみたところを見るとどうやら浮かれていたようだ


ホセマルティの博物館もいいモニュメントだ。

ものかなしさも含めてる




「しんたろー、後でメールアドレスを教えてくれ。日本に帰っても連絡を取り会おう。」

ダミアンはこう言った。

今はもうあの日からもうすぐで一年になるがダミアンからは連絡はない。


キューバにネットがないが、時間制で満喫みたいにネットが出来る。
しかしメールのみだ。
Webは公開されていない、キューバ国外の情報は国民は知る事は出来ない。

情報局はCIAのようなものだ。
国民の電話も郵便も管理されている。

キューバの魅力って改めてなんだろうって思う。

結構しんどく、ムカつく事ばかりの旅立ったが、修行って感じが嫌いではなかった。

常に一人で孤独で自分と向き合うのが旅。


空は広くて太陽はデカくて月は輝いている。
世界は繋がっている。

一年経つ前にキューバの事、思い出、
もう少しここに残したいと思う。



旧市街




お土産屋でも露店でも

国民が通うマーケットも

ツーリストは現地のCUPを使う事が中々難しい


スペイン語が話せない
見た目がアジアな僕が何を行っても店員達には響かず


と考えると中々物価が高く感じるしかない

何が基準でどう比べたのかイマイチ分からないが、高く感じてしまう

やたらと金にシビアなキューバの人や
金を落としていけよ的なアメリカでの資本主義なフレイバーに僕は疲れ果てていたからだろう





国会議事堂前はホワイトハウスと
同じ形、経済制裁の中、中々シュールな光景だ。

この時はちょうど工事中だった。
そのままキューバ政府は使用しているんだとか

ホテルや色んな建物はそのまま全て接収して使用している


並ぶクラシックカー


ダミアンが僕のバックパックとガイドを持っている図

これは彼が国民で僕がツーリストである為

むやみに国民とツーリストは話してはいけない

それは社会主義として国の情報機密を守り、先進国の情報を国民に与えない為



道はゴミと糞で入り乱れ



鮮やかな壁面と空



満ちは下水のインフラを整備中か


途中ダミアンのおばあちゃんちに寄った

ダミアンは色んな所に連れてってくれる


ここからの景色は良かった



青い空

沢山歩いて汗ばむけど風が心地いい
日差しは容赦ない





おばあちゃんは優しかった





力強い太陽と空とキューバ人
崩れそうな建物と朽ちていく人間の造形物


2014年9月17日水曜日

新たなカサ



相変わらずデビットマシューの
Delta Ladyのようなエモーショナルがふわふわと漂うのは夏が終わったからだろうか

疲れなのかメランコリックなのだろうか

また話は昨日のような遠いあの日に
戻る



改めてキューバを思い出すと、とても不思議な感覚なのだが、
とあるキューバを訪れた方とお話したところ、「最初訳がわからんからまた言った」と気持ちよく答えて僕は納得している。

リベンジしたくてたまらない思いも同じだった。






下に降りるとダミアンは謎のジュースとarozz con lecheをくれた。

常温で甘いがシナモンがかかっていて、中々美味しかった。

が、全部は流石に食べられない。



外の強い日差しとは違い建物の中は優しい。

港で働いているダミアンの兄も帰って来て挨拶した。

キューバの事や、音楽の事、仕事の話なんかを色々話し、彼は、葉巻と僕が欲しがっていた3cupのゲバラが印刷された札を僕に手渡してプレゼントしてくれた。



ダミアンはその後サンテリアについて色々教えてくれた。

この部屋に沢山の神様がいる。
黒人のダミアン達のルーツはアフリカからの宗教が主する。

それぞれに意味があり、至る所に神様が置いてある。


ダミアンの家の中庭にも一つ神様が。


一生懸命arozz con lecheを食べる自分


ダミアン兄から貰った3ペソクバーナ。

両替所でも店でも全然両替してくれない。

ゲバラの顔が印刷された3CUP(3ペソクバーナ)は、ツーリストがお土産にする考えは俺だけじゃないみたいら、


この時は気づかなかったけど、あとでそうだったと気づいた。

ダミアンの兄は港で仕事をしている。

色んな海外のものを内緒で取引してると話していたので、コイーバの葉巻がお土産に欲しいと相談したら、快く教えてくれた。

















日本語の話せるキューバ人のカサは、
営業を辞めていた。

しばらくハバナにいて色々情報を得ようとしたが、ダミアンを生かして色んな情報を得る事にした。



ひたすら道を歩く。
それが旅。